不穏な時代への預言書のように、絶望的なタイトルが私の目と心を捉えて離しませんでした。
物語は、アフリカのジャングル。粗末な住居兼研究施設から始まります。
ある事件に関係したことから、妻と幼い息子を伴い劣悪な環境に追いやられた「富樫」は、
自らの研究と引き換えに妻子を亡くし、亡霊のようになりながら日本へ戻ってくることに――
二年の歳月が流れ、知床半島沖合にある石油発掘基地が突然音信不通の事態に陥ります。
テロが予見され、現地に赴いた「廻田」の空挺部隊は、そこで職員全員の凄惨な死に遭遇。
目を覆いたくなる遺体の状況と、発症からごく短時間で死に至っていることから、極めて伝播力の強い感染症が疑われます。
物語の序盤から炸裂する、まるで「日本沈没」を想起させるような専門・学術用語の数々は、
時として読み手のリズムを損なうものですが、それを感じさせない表現力と疾走感がページをめくる手を緩めません。
感染症の解明が進むにつれて顕わになる不都合な真実は、
向き合う者と背を向ける者、それぞれに「手柄・出世・保身」という生臭い人間ドラマを重ねていきます。
そして、謎の感染症の正体が明らかになったとき、日本列島は人類存続のメルクマールとなり、
政治家や科学者の利害に翻弄されながら、廻田と自衛隊の戦いが開幕。
濃厚な人間描写をベースとした迫力のある対決シーンは、リアルな光景が目に浮かび、軽い衝撃と興奮を覚えました。
物語のクライマックスで勃発する富樫と廻田の対決からも目が離せません。
神から見る人間は、絶滅すべき種であり、眼前に迫りくる敵こそ神の軍隊という富樫。
部下や仲間を次々と失いながらも、人間を守ることが使命と信じ、敵との戦いを諦めない廻田。
最後の審判が迫る中、二人の主人公が選択したものは?
個性豊かに描かれた主要人物たちに、きっとあなたも、思考と感情を共鳴させながら文字を追ってしまうことでしょう。
安生正さんのデビュー作。
疫学的知識や自衛隊装備など、非常に詳しい描写が登場する作品となったのは、分野こそ違えど、
京都大学大学院工学科を卒業された安生正さんの旺盛な探究心が原動力となっているのかもしれません。
読後感に残ったほろ苦さは、安穏とした我が生活に対する小さな悔恨かも……
とても味わい深い一冊でした。