「大人が思春期の物語を描くということ」
カンザキイオリの曲が好きで読みました。
「あの夏が飽和する」の曲をそのままノベライズするのかと思えば、設定は曲の逃避行の10年後。
主人公は大人になっていて、高校生の女の子・男の子も新しく出てきて。
高校生の男女の、視野が狭くて他罰的で、だからこそ必死の「助けて、苦しい!」という、ザ・思春期の叫びはさすがカンザキイオオリ節。
あと1-2年我慢して高校卒業すればいいじゃない、とか殺される高校生男子の母親はそこまで悪人だったのか? とか、お節介な大人は言いたくなるけれど、それは青春小説には野暮というもの。
高校生たちには、「君は何も悪くない」とまでは言えなくても、「君だけが悪いんじゃないよ」と言いたくなる。
主人公があまりに周囲に配慮がなくて、もっと大人としての振る舞いをして欲しいな……と途中までイライラしていましたが。
最後はちゃんと、高校生を守る、救う側に回っていて。
ああ成長できたんだな、と嬉しくなりました。
「いつか夢見た主人公なら、僕達もちゃんと救ってくれるのかな?」という、あの曲のフレーズの答えとなる物語でした。










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