古今東西数多ある推理小説の中で根強い人気を誇る「日常の謎」カテゴリ。
国産もので有名なのといえば北村薫「円紫さんと私シリーズ」(大好きです)加納朋子「駒子シリーズ」倉知淳「猫丸先輩シリーズ」などが挙げられるんですが、本書も日常の謎解きをメインに扱った恩田陸の佳作。
殺人事件や人死にが含まれる話も少なくないんですが、その殺人事件も過去の出来事で思い出語りができるほど風化されていたり、生々しさはそれほどありません。けれど面白い、すごく面白い。「謎」の最も純粋な部分だけ抽出し結晶化したような短編が多く、掌編といっても差し支えない長さのものも含まれてるのですが、どれひとつとってもはずれがないのは凄い。
主人公は退役判事・関根多佳雄。
成人した三人の子供をもつ愛妻家、物腰柔らかな老紳士で散歩が趣味。
そんな彼が遭遇した日常の謎を、退役してもなお衰えを知らぬ鋭敏な洞察力と推理力で解き明かしていくんですが、多佳雄さんのとぼけた人柄が浮世離れした雰囲気に相まって非常にいい持ち味を出してます。
どれも好きなのですが個人的ベストを選ぶなら「廃園」。
薔薇が咲き乱れる庭でかつて不審な死を遂げた美しい従姉・結花。
従姉の死から時が経ち、成長した娘は母が死んだ庭を家ごと売り払う決意をした。
母が愛した薔薇は枯れ果て、美しかった庭は朽ち果てた。
変わり果てた家を訪れた多佳雄は奔放な従姉の思い出とともに過去を回想し、彼女の死の真相を探り当てるー……
「廃園」のタイトルが示す通り、多佳雄が来訪した現在の庭は跡形なく荒れ果てているんだけど、彼が追憶する庭の情景が非常に美しく華やかに描写されるせいで、読者の脳裏には現実には既に存在し得ない幻の庭が鮮やかに像を結ぶ。この仕掛けが憎い。
恩田陸は「もうここにありはしないもの」を巧みな語り口によっていまだあるように錯覚させる描写の名手なんですが、「廃園」ではその手腕が遺憾なく発揮されてます。
残滓にすぎないもの、残像にすぎないもの、残影にすぎないもの。しかし登場人物たちの中では確かに生きて、ともすると灰色の現在より鮮烈なイメージを持ち得る事柄。
色とりどりに咲き乱れる薔薇、濃密な芳香、麗かな天国の情景、如雨露を持って振り返る美しいいとこと愛くるしい娘……土が剥き出しの灰色の庭を前に、多佳雄が回想する情景は非常に美しく、それが現実には存在し得ず、当時を知る人間の記憶の中でのみひっそり生き続けるからこそ哀切な余韻を増し、感傷をかきたてる。
ほかに人間の命の尊厳を問う「ニューメキシコの月」、関根家の娘と息子といとこが一枚の写真をもとに推理合戦をくりひろげる「机上の空論」、現役検事の息子・春とドライブに出かけた先での出来事「海にいるのは人魚ではない」も好きです。表題作の時が止まったような喫茶店の雰囲気、ほろ苦く懐古的な余韻もいいなあ……。
ちょっぴり不思議で、幻想的な連作の短編11つをまとめた作品。
共通の人物が登場する連作というていではありますが、話によって視点も変わり、テイストも様々。それぞれのお話が違った魅力を放っています。
推理小説なのにファンタジックで、とにかく読んでいて楽しい。
私は『曜変天目の夜』、『海にゐるのは人魚ではない』、『廃園』が特に好きでした。


















