律が“臆病な女の子=マウス”としてふるまう姿と、
瀬里奈が『くるみ割り人形』のマリーになりきることで教室に適応しようとする姿は、一見まったく違うようで、
どちらも「役割を演じないと生きづらい社会」を必死にサバイブしているように見えました。
大学生になってからの再会パートでは、ファミレス店員という“仮面”の中で安堵する律の姿が、『コンビニ人間』へつながるモチーフにも思えて、
自分も知らないうちにどんな「マウス」役を演じているのか、そっと振り返りたくなりました。
私は内気な女子ですーー無言でそう訴えながら新しい教室へ入っていく。早く同じような風貌の「大人しい」友だちを見つけなくては。小学五年の律(りつ)は目立たないことで居場所を守ってきた。しかしクラス替えで一緒になったのは友人もいず協調性もない「浮いた」存在の塚本瀬里奈。彼女が臆病な律を変えていく。(講談社文庫)
教室の中、女子にとって大切なこと。
同じ匂いの女子同士でつるむこと。
ヒミツを打ち明ける順番を守ること。
教室の風景に溶け込むこと。
支配している価値観を飛び越えないこと。
自分はクラスの中の脇役だと理解すること。
私は内気な女子ですーー無言でそう訴えながら新しい教室へ入っていく。早く同じような風貌の「大人しい」友だちを見つけなくては。小学五年の律(りつ)は目立たないことで居場所を守ってきた。しかしクラス替えで一緒になったのは友人もいず協調性もない「浮いた」存在の塚本瀬里奈。彼女が臆病な律を変えていく。
小学校の頃から、女子はたいへん。思春期、教室に渦巻いていた感情をもう一度。
「学校という場所は、スーパーに似ている。私たちは陳列されているのだ。そしてそれを評価するのは、教師じゃなくて、子どもたち。これも学校の勉強のひとつなんだよ、お母さん」
律が“臆病な女の子=マウス”としてふるまう姿と、
瀬里奈が『くるみ割り人形』のマリーになりきることで教室に適応しようとする姿は、一見まったく違うようで、
どちらも「役割を演じないと生きづらい社会」を必死にサバイブしているように見えました。
大学生になってからの再会パートでは、ファミレス店員という“仮面”の中で安堵する律の姿が、『コンビニ人間』へつながるモチーフにも思えて、
自分も知らないうちにどんな「マウス」役を演じているのか、そっと振り返りたくなりました。