童話だけでなく、農地改良・音楽などマルチな才能を発揮した宮沢賢治。
家業の質屋を継がせようとして進学にも反対し、賢治を押さえつけていた印象のある父親だが、その父親の視点から見ると、貧しい農民に同情しつつも質素倹約からは程遠い、親のお金に頼って興味のまま生きる危なっかしい人生。
賢治の影響を受けた弟も質屋の器ではない、と転業を認めた上で家を継承させる決断をするなど、迷いながらも子どものことを考えて精一杯の父にも好感が持てるようになった。
明治29年(1896年)、岩手県花巻に生まれた宮沢賢治は、昭和8年(1933年)に亡くなるまで、主に東京と花巻を行き来しながら多数の詩や童話を創作した。
賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり、長男である彼は本来なら家を継ぐ立場だが、賢治は学問の道を進み、後には教師や技師として地元に貢献しながら、創作に情熱を注ぎ続けた。
地元の名士であり、熱心な浄土真宗信者でもあった賢治の父・政次郎は、このユニークな息子をいかに育て上げたのか。
父の信念とは異なる信仰への目覚めや最愛の妹トシとの死別など、決して長くはないが紆余曲折に満ちた宮沢賢治の生涯を、父・政次郎の視点から描く、気鋭作家の意欲作。
1 父でありすぎる
2 石っこ賢さん
3 チッケさん
4 店番
5 文章論
6 人造宝石
7 あめゆじゅ
8 春と修羅
9 オキシフル
10 銀河鉄道の父
童話だけでなく、農地改良・音楽などマルチな才能を発揮した宮沢賢治。
家業の質屋を継がせようとして進学にも反対し、賢治を押さえつけていた印象のある父親だが、その父親の視点から見ると、貧しい農民に同情しつつも質素倹約からは程遠い、親のお金に頼って興味のまま生きる危なっかしい人生。
賢治の影響を受けた弟も質屋の器ではない、と転業を認めた上で家を継承させる決断をするなど、迷いながらも子どものことを考えて精一杯の父にも好感が持てるようになった。
