家族の物語。一度離婚を経験した太一は島根県の松江で育った友美と再婚をし、女児を一人授かる。再婚にあわせて東京から島根へ転勤した太一は、産後に骨粗鬆症になってしまった友美と共に最初の赴任の地浜田市から出雲へと転勤するが、神話の地出雲には、太一にとっては理由の知れぬ一体に陰気で不吉な気が感じられ、それのみならず、接する田舎の人々は、いまだに、あたかも山陰の冬季の気候のように抜け切らない古い因習と頑固な矜持の中で暮らしているのだった。一方、関東で暮らす太一の両親は、父の恵二がもう余命いくばくもない癌に罹り、相次いで母もまた子宮癌の手術から重度のうつ病に罹ってしまった。父はその生涯最後の旅行で出雲まで来て、「俺たちのことはいいから、お前たちはこのまま島根で暮らせ」と言ったが、太一の親戚たちは島根にいる場合ではなく、すぐに関東へ戻るべきだと言う。東京育ちの太一はいよいよ出雲での暮らしが疎ましくなってきていた。また、太一と友美は今後娘のさくらにとってどちらで暮らした方がその成長にとってよいのか話し合う。結局、二人は関東へ移動することに決め、その地を鎌倉に定めた。鎌倉は太一の両親の田舎である島根県益田市で暮らしている、太一のとっては伯父の巌が、かつて「西の益田、東の鎌倉」と言いながら、それらの街が共に中世の街であることを力説していた歴史の街だった。鎌倉の家にはよく蝶々がやって来た。さくらはそれらを指さしながら「おじいちゃんの蝶々」と太一等に教えてくれるようになった。そこに死んだ恵二の霊をさくらは見ているのかどうか、それは大人たちには分からないことだった。思えば、太一夫妻にはちょうど五年間の島根での生活だった。
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