ありがとう
0
恩田陸の『夜のピクニック』は、非日常の中で展開される“静かな青春”を描いた物語だ。舞台は高校の伝統行事「歩行祭」。全校生徒が夜通し80キロを歩くという設定の中で、主人公・甲田貴子と西脇融の関係が少しずつ明らかになっていく。
この作品の魅力は、派手な事件が起こるわけではないのに、読者の心をじわじわと揺さぶる点にある。貴子と融が異母兄妹であるという秘密を抱えながら、言葉にできない感情を抱えて歩き続ける姿は、まさに“青春の間”そのもの。沈黙やすれ違いの中にこそ、深いドラマがあることを教えてくれる。
歩行祭という非日常の空間は、登場人物たちの心の距離を縮める装置として機能している。夜の静けさ、疲労、星空、そして偶然の会話が、普段は言えない思いを少しずつ引き出していく。読んでいるうちに、まるで自分もその夜道を歩いているような感覚に包まれた。
読後には、爽やかな達成感とともに、「人との関係は、言葉だけではなく、時間や空気を共有することで育まれるのだ」と気づかされる。青春とは、こうした“余白”の中にこそ宿るのかもしれない。
静かで、でも確かに心に残る一冊。大人になった今だからこそ、もう一度読み返したいと思える作品だった。

















