『天才』は、田中角栄という一人の政治家の生涯を、彼自身の語り口で綴った“擬似自伝”である。読み進めるうちに、これは単なる評伝でも小説でもなく、田中角栄という存在そのものを“再現”しようとした試みなのだと気づかされる。
角栄の口調で語られる物語は、豪放磊落で自信に満ち、時に傲慢ですらある。しかしその裏には、学歴や出自に対する劣等感、家族への思い、そして日本という国への強い責任感が垣間見える。特に、日中国交正常化や日本列島改造論といった歴史的な政策に対する自負は、彼の“天才”たるゆえんを感じさせる。
一方で、ロッキード事件や金権政治といった負の側面については、あくまで本人の視点で語られるため、読者はその是非を自らの価値観で判断する必要がある。石原慎太郎自身も政治家であったことから、角栄への共感や敬意が随所ににじみ出ており、単なる客観的な記録ではないことが本書の魅力でもあり、注意点でもある。
読後には、「もし今、田中角栄のような政治家がいたら」と想像せずにはいられなかった。強烈な個性と実行力を持ち、国の未来を本気で考えるリーダーの姿は、現代の政治に対する問いかけにもなっている。
『天才』は、政治に興味がある人だけでなく、「人間とは何か」「リーダーとは何か」を考えたいすべての読者にとって、刺激的で考えさせられる一冊だった。

















