潰れかけた老舗企業の一族を舞台にした今回は、古さと新しさの対比が全編に渡って張り巡らされていました。
老舗だが新しい時代に対応できなかった菓子会社ラショーム。時流に抗えず、しかし潰れることを良しとしなかった一族は、何よりも存続をさせることが最優先と、未来の無い延命処置をし続けます。
そんな無理を続けてきたことが、今回の悲劇の始まりでした。
そして、司法警察にも新しい流れが押し寄せていました。
コメリオ判事は引退して犬の散歩に勤しみ、代わりに来たのは新しい世代の判事・アンジェロ予審判事でした。
アンジェロ予審判事のせいで、メグレはいつものように事件関係者に尋問ができず、現場を感じることもできず、最後の尋問まで規則通りアンジェロが行うことになってしまいました。
しかし、メグレは心の中では多くの不満がありながらも、時流に無理やり逆らうのではなく、その中で自分の出来る事を一つ一つ行っていきます。
上記のような状況に加え、関係者達がだんまりを決め込む事もあり、今回のメグレは事件の周辺から中心に近づこうとしていきます。
メグレの部下達もしっかり活躍する為、レギュラーキャラクター好きとしても満足度が高いです。
個人的に印象に残ったキャラクターが2人いました。
一人は本筋の事件とは関係ないが、後半でメグレが判事に話すプロの強盗の話の説得力を高めるためのキャラクター、『修道者』ことグレゴワール・ブローです。
彼は、留守と分かっている著名人の家に盗みに入り、食事をしたり風呂に入ったりベッドで休んだりして、冷蔵庫が空になるまで滞在するという変わった泥棒です。
彼との場面は、メグレから見て正に古き良き警察を表す場面にもなっていました。
もう一人は、唯一ラショーム家から脱出したヴェロニック・ラショームです。
既に死体となっている家にしがみつく家族に反発し18歳で家を出た彼女は、自立し立派に生活していました。
しかし、事件の全貌が分かってみると、間接的に事件のきっかけ作りに関わってしまい、自分自身も傷つく結果が待っていました。
大きな傷が残ってしまったヴェロニックですが、彼女はまた立ち上がることができるだけの力があると思います。
今回の件がなくても遠くないうちに悲劇が起きたことは間違いないほど疲弊していたラショーム家。
しかし、ラショーム・ビスケットは潰れ、かび臭い邸宅には老人しか住んでいない状況でも、ラショーム家が潰えたわけではありません。
本編では一切出て来なかった、ラショーム家にとっての未来を表すレオナールの息子・ジャン=ポールと、ヴェロニックの二人が、悲劇の中に一筋の光を残していると感じました。
ミステリーとしては、いつも通り凝ったものでは無いですが、メグレシリーズの中では事件の作り自体も中々面白いものだったので、捜査小説が好きな人も楽しみやすい作品だと思います。