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太宰治の『パンドラの匣』は、戦後の混乱期に結核療養所で暮らす青年・ひばりが、親友に宛てた手紙という形式で綴られる物語だ。太宰作品にしては珍しく、明るくユーモラスな筆致で描かれており、読後にはどこか爽やかな余韻が残る。
物語の舞台である「健康道場」は、規律と自由が奇妙に共存する空間だ。そこに集う患者たちは、あだ名で呼び合い、日々の療養生活を通じて互いに影響を与え合う。ひばりは、最初は自意識過剰で“新しい男”を気取っているが、次第に他者との関わりの中で自分を見つめ直していく。
特に印象的だったのは、「献身とは、わが身を最も華やかに永遠に生かすこと」という花宵先生の言葉だ。これは、自己犠牲ではなく、自分の存在を肯定しながら他者に尽くすという、太宰なりの“生”への肯定の表れだと感じた。
また、療養所という閉ざされた空間で交わされる会話や出来事が、どこか演劇的でありながらもリアルで、戦後の若者たちの不安や希望がにじみ出ている。太宰の作品にありがちな陰鬱さは薄く、むしろ「生きることの滑稽さと美しさ」を描こうとする意志が感じられた。
『パンドラの匣』は、絶望の中に希望を見出す物語だ。箱の底に残った“希望”のように、ひばりの成長と再生の物語は、読む者に静かな勇気を与えてくれる。

















