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本作の主人公・稗田礼二郎は、いわゆる“妖怪退治”をするヒーローではない。彼は民俗学者として、怪異の背後にある人間の信仰や歴史、土地の記憶を読み解こうとする存在だ。その姿勢は、科学と信仰、理性と幻想のあわいを生きる現代人の姿を象徴しているように思える。
収録作の中でも『生命の木』や『黒い探求者』は特に印象深い。前者では、古代の神話的世界が現代に甦る瞬間が描かれ、後者では“知の探求”がいかに人間を狂気へと導くかが示される。どちらも、*「人間が触れてはならないもの」*への畏怖と魅了が根底に流れており、読後には深い余韻が残る。
諸星の描線は緻密でありながら、どこか土着的な荒々しさを感じさせる。これは、彼の作品が“日本の根源的な風土”と結びついているからだろう。妖怪や神といった存在は、単なる恐怖の対象ではなく、人間の無意識や共同体の記憶の象徴として描かれている。
『地の巻』というタイトルが示すように、本作は“地”—すなわち土地、根、記憶—に深く根ざした物語である。現代に生きる私たちが忘れかけている“見えないものへのまなざし”を、稗田の眼差しを通して思い出させてくれる。



















