【いったいこの人のなにが特別だったのだろう】
理性やモラルなんて、何の歯止めにもならないのだろうか?孤独を抱えた人間には。男と女のもつ弱さと狡さが繊細かつ巧みに言語化された感情描写が光る一作。毒親育ち、鳴かず飛ばずの女優業、居場所とは感じられない夫、そんな背景をもつ主人公・沙良が心の拠り所にしたのは『憐憫』の情がわく謎めいた年上の男だった。素性の知れない相手だからこそ心を許せて特別な存在だと錯覚してしまう感情はわからなくもない。ふと正しさを裏切りたい時、私はつい島本理生作品を手にとってしまいたくなるなぁ。
子役から細々と女優を続けてきた27歳の沙良。テレビ局のディレクターである夫との生活を送る彼女は、母や親族からの搾取により摂食障害になった過去があり、心は不安定なままでした。
そんな彼女が、出会い系バーで出会った柏木と関係を持つようになり、女優として開花していく物語です。
繊細で自意識が高い主人公には、正直なところ全く共感できませんでした。しかし、その美しい文章に引き込まれ、物語の世界に没入してしまいました。ページ数は多くないけれど、決してあっさりとは読めません。
一目で憐憫を感じた相手に、なぜそこまで執着するのか。自分と同じ傷をその目に見たのなら、憐憫を感じたのは相手に対してではなく、傷ついた自分自身に対してだったのかもしれない。そう考えさせられる、複雑で美しい物語でした。