同じ出来事を、二人の異なる視点から描いた短編集です。どの物語にも、読んでいる間ずっと心にまとわりつくような、もやもやとした不穏さが漂っていて、それがまた面白く感じられました。
特に印象的だったのが、「私たちが轢かなかった鹿」と「犬の名前」の二人の間に流れる、たまらなくいい不穏さやぎこちなさです。この微妙な心理描写こそが、荒野さんの作品の醍醐味だと改めて感じました。このゾワゾワするような感覚を味わいたくて、私はいつも荒野さんの小説を手に取っているのかもしれません。
物語に登場する人々の関係性は、一度歪んでしまうと、たとえ形が変わっても歪んだままなのだと突きつけられます。晴と真弓が別れても、杏子と真弓の関係は決して元には戻らないでしょうし、圭介と萌子も、お互いへの気持ちに疑念を抱いてしまったら、もう今まで通りにはいかないでしょう。
「私たちが轢かなかった鹿」と「犬の名前」も、お互いを思い合っていたにもかかわらず、その関係が歪んでしまった結末は、読む人の心に深く残るのではないでしょうか。